MY TEACHER ACADEMIA ~KUBOのティーチャーアカデミア~

教職大学院修了ホヤホヤの小学校教員21年目。過去から今、そして未来に向けて感じていること、思っていること、学んでいることを徒然なるままに綴るブログです。

毎年、娘の生まれた日に思うこと

毎年、娘の誕生日には、娘が誕生した人生最大の喜びと共に、人生最大の恐怖を味わったことを思い出します。

その恐怖の方とは、自分は妻を失うのではないか、ということです。

 

休日の夕方、陣痛が始まり病院へ。

「そろそろですね」「あと2,3時間ね」という周りの声とは裏腹に、なかなか産まれません。

気付けば、丸2日間以上経過し、その間、妻はずっと苦しみ続けていました。

そして3日目。ふと眠い眼差しを妻に戻すと、ホラー映画のようにものすごい勢いで痙攣し、口からは大量の泡が。

体力の限界だったようです。

夜明け前の分娩室の静けさが一転、慌ただしくなりました。

医師や助産師が多数、駆け付けます。

複数人がかりで、暴れる妻の体を押さえつけ、麻酔を投与。緊急帝王切開に。

 

「大丈夫なのでしょうか」

「わかりません」との医師の返答。

妻は大丈夫なのか、赤ちゃんは大丈夫なのか、それとも…。

さまざまな思いが錯乱し、誰もいなくなった部屋で一人、本気で神にすがりました。

 

しばらくすると手術室から産声が聞こえました。

娘は無事に産まれてきてくれました。(念のため保育器に入りました。)

その後、ストレッチャーで運ばれてきた妻の心拍数らしき数値が相当低かったため、かなり焦りました。

これは、麻酔が効いているためと説明を受けて一安心も束の間、

「調べてみないとわからないけれど、脳障害等もあるかもしれません」と言われました。

数時間後、目を覚ました妻に「誰かわかる?」と聞いて、うなずいてくれたときには涙が止まりませんでした。

 

 

この経験も、日常の中では忘れています。妻とはよく小競り合いもします。

しかし、毎年、娘の誕生日は、妻が命がけで娘を産んだことへの感謝と「足るを知る」ことを思い出させてくれます。

生まれながらに親孝行な娘を授かったと思います。

 

昼過ぎに帰宅すると、リビングの壁に誕生日の飾りつけがあったのに気づきました。

妻が架けてくれていたのだと思います。おお、さすがだなあと思いました。