MY TEACHER ACADEMIA ~KUBOのティーチャーアカデミア~

教職大学院修了ホヤホヤの小学校教員21年目。過去から今、そして未来に向けて感じていること、思っていること、学んでいることを徒然なるままに綴るブログです。

「規格外」の捉え方


明治維新後、日本は工業化によって発展を遂げました。(一定品質の規格商品・サービスを安く大量生産)

 

学校教育も同様に。国際学力調査では常に上位です。

しかし、

「規格」に収まろうとした人たちは、楽しくなかった人もいるかもしれません。

「規格」に合わなかった人たちには、窮屈だったかもしれません。

学力調査上位と引き換えに失っているものがあるかもしれません。

 

さて、私を含む多くの先生は、この工業化の考え方で育ってきていると思います。

そして、ついつい

「そんな〇〇では、社会に出たら通用しない」

「君のためになるから」

「大人になったら困るぞ」

 

これらは、工業化時代の社会に則って、規格品を作ることに力点を置いた発言なのかもしれません。

今でこそ、「規格外」の価値について考え、対話をする必要を強く感じるようになってきましたが。

自分は、言っていましたね…。

 

自分の尺度で「規格外」な子どもを、自分の生産ライン(例えば指導案ありきの授業)に支障を来すので、排除しようとしていないか。

そして、不適合の烙印を押していないだろうか。

 

「規格外」

一定の規格に収まらないから不適合なのか、いや、並外れた能力の持ち主なのか。

たとえ単体が規格にはまらなくても、補い合っていけばよいのではないか。

不揃いのリンゴやミカンやバナナが集まっているからこそ面白みがないか。

 

対話を続け、深めていきたいと考えています。