『学び合い』について再考②
前回に引き続き、上越教育大学の西川先生の書籍を読んだ先輩教員への質問をまとめたものです。(自分の備忘録にもしています。)
(3)一人も見捨てないことを、自分にとって「得」と納得させるには。
→子どもたちに道徳の「徳」ではなく、損得の「得」が大事だと、はっきり言い切ります。
人は損得で生きています。「つきあい方の科学」(著:R.アクセルロッド)によれば、バクテリアも戦争中(長期戦)における両軍の前線部隊も互恵関係を築こうとします。長い付き合いになれば、Win-Winの関係を保つのが正しいのです。
例えば、私たち教職員は、管理職とは、長くても3年程のお付き合いです。仮に馬が合わなくてもやっていけます。ところが、同僚集団から疎まれると、途端に生きていけません。(私はとってもデリケートなので、無理です)
子どもたち同じです。さらに、子どもたちは、長ければ義務教育9年の付き合いになります。自分が所属する集団や所属メンバーを見捨てずに協力し合って行動していくリターンは、必ず自分にプラスで戻ってくるという「得」があります。
リアルなところで子どもたちは、3か月後に迫った修学旅行とかのグループ作りを気にして、けん制しあうようなこともありますよね。そんな場面も想定しながら、普段から色々な子と関わり、日々の教科学習を通して、他者を理解し、どの子ともつながれる集団にしていきたいと私は考えています。
→個を評価するのではなく、集団を評価する。
円の面積が分かったとか、三権分立のしくみが分かったという評価ではなく、集団が全員達成できたかどうか、たとえ達成できなくても本気で目指していたかを評価しています。
個を評価するとしても、できなかったことをできないと表明できている子を評価するようにします。殊更、教えている子を評価すると、期待に応えようとして、やがて疲れていくことも考えられます。
「今日は、集団の全員解決のために、あきらめずに励んでいてくれた子がいる。そして最後までわかってほしいと説明してくれた子がいる。ありがとう。」とアドラー的に言うくらいがよいかもしれません。
多くの教科で『学び合い』をくり返していくうちに、子どもたちが有機的につながってくるので、集団が安定してきます。
担任は進学先等には付いていけません。気になる子の幸せや笑顔を願う。そう思うなら集団をつくることが個を守ることになると考えています。
特活では学級活動と教科の往還が大切と謳われていますが、学校生活の大半である教科学習から、協働性の向上や人間関係づくりのアプローチをしていくことは合理的だと考えます。
次回で完結させます。
以上のように考えてはいますが、子ども集団の光っているところよりも、こうなってほしいなあという勝手な期待感に引きずられてしまっている自分もおります。
まだまだです。