子どもの姿とセオリーと
子どもたちが1学期のふり返りをしました。というわけで、私もふり返っています。
大学院のゼミの問答や研究室メンバーと活動することで、『学び合い』のセオリー、教師と集団のロールモデルを手に入れることができて現場復帰。
これは大きかった。おかげで、大きな成果を得られました。
とはいえ、
疲労でぐったり…な日がありました。
『学び合い』実践もしっくりこないなあという日もありました。
やけに「気になるあの子」が目に入ってきてしまう日も、ちょいちょいありました。
ただ『学び合い』のセオリーのおかげで、自分の視野狭窄さに気付かせてくれるスピードが上がっているなと実感できました。
それに、心からの言葉を発しているなというとき、私を直視し、聞き逃さないぞという子たちがいます。その子たちは、起きている問題が自分たちの問題だとわかっているし、何が集団にとって得なのかわかっている子たちだろうと思います。
子どもの姿とセオリーを反芻する1学期でした。
これを充実というのなら、その通りだと思います。ただ、安住しては停滞の始まりという言葉も頭をよぎっています。